トヨタ、戦前 街角で観たアメリカ車の写真展示

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小林彰太郎フォトアーカイブ展

お台場のヴィーナスフォート内にあるトヨタメガウェブ・ヒストリーガレージでは、2014年4月26日から8月31日まで、「小林彰太郎フォトアーカイブ展 昭和の日本 自動車見聞録」が開催されている。
4つのテーマ別展示から、「戦前 街角で観たアメリカ車」について。

レースで鍛えられた欧州車が、限られた排気量から高回転で高出力を絞り出すのに対し、資源豊富なアメリカの車は大排気量からの低速トルクでイージードライブを追及する。
その上、構造は簡潔で、壊れてもどこでも誰でも直せる。
そのため道路事情が劣悪で山坂の多い当時の日本に適し、その上アメリカは地理的にも比較的近いため、戦前の日本ではアメリカ車が幅を利かせていた。

1923年(大正12年)の関東大震災で壊滅した市電の代替として、東京市はフォードTT型のシャシー800台を購入、簡素なボディを着せてバスとして走らせた。
これが俗に言う円太郎バスである。
これを機にフォードは日本の市場調査を実施、その結果1925年に横浜市に日本フォードを設立、T型のノックダウン生産を開始した。

一方ライバルのGMも1927年大阪に日本GMを設立、シボレーの生産を始める。
フォードとシボレーは日本のタクシーとトラック輸送を席巻、日本の自動車生産の大半を占めるようになる。
また、フォード、シボレーの国産化により、自動車の国産が輸入を上回ることになった。

純粋な国産車を育成したい商工省や陸軍の圧力で1936年ごろからフォード、シボレーの生産は次第に制限されるようになり、1939年には生産を停止する。

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